がん診断後の心のケアについて
落ち込みや不安はとても自然な心の動きであり、現実を受け入れるために必要なステップです
いまや2人に1人は一生のうちに一度はがんを経験するとされています。
さらにがん以外の難治性の疾患や、怪我や病気による重度の後遺症などを含めると、死ぬまでの間に重大な病気や障害を宣告されることは多くの人に起こりうる出来事といえます。
がんや難病の診断を受けると、さまざまな心理状態が訪れます。診断を受け入れるまでの心の動きは、喪の作業(Mourning Work)とよばれ、誰にでも共通する大切な心理過程だとされています。
がんのステージや病状の違い、個人差もありますが、いずれも自然な心の反応であり、受け入れていくまでにいくつものステップが必要とされています。
がん診断後の心の変化
1.茫然自失・否定
病名や障害について聞いた時、すぐには現実を認められず、心が混乱して、ショックを受けている状態です。
「信じられない」「何かの間違いに決まっている」「これは夢ではないか」「他人のことのように感じる」などの声が聞かれます。
診断を自分のこととして考えるにはもう少し時間がかかります。
- 宣告されたあと、どうやって家に帰ったか覚えてない
- 頭が真っ白になった
- まるで現実ではない感じがする
この拒絶は大きなショックから心を守るために必要な反応です。
がん診断後の心の変化
2.原因探し・落ち込み
延々と理由や原因を探ったり、過去の行動を振り返って懸命に分析しようと試みます。
「なぜ自分だけがこんな目にあうのか」「何が悪かったのか」「あれが原因なのではないか」
ネットで検索したり、どうしたら現状を変えられるか、少しでも回避するための方法を探します。
- 診断のミスではないか何度も考えてしまう
- 病気のことが頭から離れない
- 食生活や喫煙習慣、ストレスや睡眠不足など、思い当たることをあれこれ考えてしまう
- 病気にともなう犠牲などについて考えてしまう
少しずつ現実が見えてくることで、悲しみや困難に直面するのです。また不眠などの身体症状が現れていきます。
がん診断後の心の変化
3.怒り・不安・絶望・抑うつ
眠れない、食欲がなくなる、集中力が低下して仕事や遊びが上の空になる、虚無感に襲われる、などネガティブな心理状態になります。
「何をしても無駄だ」「この世のすべてが消えてしまえばいい」
自分が描いていた未来との差に落胆し、激しい怒りを感じたり、突然涙があふれたり、感情が揺れ動き、非常につらい気持ちになります。
- 自分だけがこのような目に合うのは納得できない
- 心が緊張した状態が続きリラックスできない
- 心臓がドキドキしたり冷や汗やめまいなどが起こり自律神経がうまく働かない
- 吐き気や下痢など胃腸の不調が起こる
不安、落ち込み、無力感、感情の喪失、意欲の低下など、うつ状態になる方も少なくありません。
- 何をしても楽しめない、何もしたくない
- 食べても味を感じない
- 残される子供や家族などのことを考えると絶望的な気持ちになる
- 自分だけ未来がなくなったように感じ、周囲から疎外感を感じる
- 病気について調べれば調べるほど、ネガティブな情報が目に入り、ますます落ち込む
- 自分のことは誰にも理解されないという孤独感
人生に関わる大きなマイナスの軌道修正を強制され、ネガティブな感情に支配されます。
しかしこれは無理もないことです。
この時期、無理に楽しく振る舞ったり、自分はなんでもないと強引に気持ちにフタをしてしまうことで、余計に疲れたりつらい気持ちが長引いてしまうことがあります。
また一人で落ち込むより、信頼できる親しい人に気持ちを吐露したり、思いを言葉にして吐き出した方が、抑うつ状態が軽減される傾向にあります。
親しい人がいない場合や、身近な人には相談しにくいという場合は、専門家によるカウンセリングが有効です。心を専門的に見てくれる看護師や、精神科医や心理士などがケアにあたります。
特に抑うつ状態がひどい場合は、薬物療法によって心を軽くすることも有効です。
相談先がわからない場合は病院にメンタルヘルスケアの医療機関を紹介してもらいましょう。
一通り落ち込みや不安を経験した後は、徐々に前向きに考える力が働きだします。
がん診断後の心の変化
4.建設的な考え・現実的な処理作業
やがて現実的な考えが頭に浮かび、少しずつ行動に移せるようになります。
できるだけよい結果につなげるために必要な作業や、現実的に優先度の高い事柄を処理し始めます。
心とは別に、頭が淡々と考え、手を動かしていく感覚がある人もいます。
- 本やネットで病気について客観的な情報を調べる
- よい治療を受けられる医療機関を探す
- 手術や入院などの手続きを進める
- 病気療養のために仕事や家事の引継ぎを段取りする
- 手術や入院、闘病のための手伝いを依頼したり、家庭での役割を見直す
例えばがんなどの病気が見つかってから治療がスタートするまで、一般的に1~3週間ほどの期間があるとされています。
その間に治療や入院などの手続きなどを行わないといけないことが多いため、心が落ち着く前であっても現実に向かい合って事務的に処理を進めることになります。
混乱している状態では、これらの処理もなかなか捗りませんから、周囲に手伝ってもらう必要があります。
しかし負の感情をある程度出した後であれば、この“感情を抜きにして淡々と必要な作業を進める”という過程が気持ちの転換になることもあるようです。
がん診断後の心の変化
5.再適応・立ち直り
やがてだんだんと現実を受け入れられるようになっていくことを再適応といいます。
がんや病気を抱えた状態の将来や、通院など今後の方針を現実に沿って考え直し、軌道修正していけるようになります。
人によっては身の回りを生前整理したり、遺言を書いたり、相続などの法律について調べたりすることで別の不安を軽減しておくという考えもあります。
- 同じ病気の人のブログや体験談を見聞きする
- 病気や治療との付き合い方について調べる
- これから必要なことや、人生の目標などを見出す
- 病気を抱えながらも楽しめることや趣味を見つける
とはいえ完全に現実を受け入れるのはどんな人であっても難しいもので、季節や時間帯によって感情が揺れ動いたり、病状の変化とともにポジティブな感情やネガティブな感情に行きつ戻りつを繰り返したりします。
心の動きは上記の順番通りではなく、人によって異なったり、一日の中でも大きく変化します。
再適応して治療や闘病を経験した後も、平穏な日々の中にあっても時折、死や病状悪化、再発などの不安を覚えながら、生活を送ることもあります。
しかし、日々の楽しみや未来への希望など生き生きとした感情が戻り、多くの時間は新しい現実を生きていけるようになります。
がんや病気とともに生きる準備が整ってきます。
まとめ
がんや難病と診断された後に落ち込み、絶望を経験することはとても自然な心の動きであり、現実を受け入れるために必要なステップとなります。
このつらい感情を否定せず、寄り添うことが大切です。
また落ち込みが大きく、不安な感情が大きい場合は一人で抱えて頑張らずに、早めに専門家に相談するようにしましょう。
また家族や身近な人たちは、診断されたご本人がそのような気持ちを抱えて孤独や絶望を感じていることを受け止め、つらい気持ちに寄り添うことが助けとなります。がんや難病は、闘病や治療そのものも大きな負担ですが、同時に心にも負担がかかります。少しでも心を軽くして、治療に専念できるといいですね。